IELTSの試験官は、完全に暗記された答案に対して「0」というスコアをつけることがあります。これは単なる厳しさではなく、IELTSという試験が持つ哲学そのものだと私は考えています。では、なぜIELTSはここまで暗記を排除するのでしょうか。その背景には、大学・大学院進学後に学生が直面する現実があります。暗記でスコアを取ることはできるかもしれません。しかし、その後に待っている高度な講義の世界では、全く別のスキルが求められるのです。今回は、IELTSが暗記を排除する本当の理由と、その先にある学習の世界について考えてみましょう。
IELTSが暗記答案に0点をつける理由
IELTSの採点基準 に「a totally memorized response」という項目があります。これは暗記された定型表現や予め用意された答案を本番で使用する行為のことを指します。IELTSの試験官がこれを発見した場合、その回答には容赦なく0点が与えられます。これはスピーキングやライティングでも同様です。
では、なぜIELTSはここまで厳しい態度を取るのでしょうか。それは、IELTSが長らく大学・大学院への唯一のゲートウェイとして、選別機能を果たしてきたからだと私は考えます。今でこそ、複数の試験がオプションとして認められるようになりましたが、IELTSは依然として、世界中の大学・大学院から最も信頼度の高い試験として認識されています。その信頼性を保つために、真の英語力を測定することが絶対条件なのです。
暗記で目標スコアを取ることができれば、確かに入学許可を得られるでしょう。しかし、その後に待っている現実は厳しいものです。講義についていけない、課題のエッセイが書けない。プレゼンテーションで自分の考えを伝えられない。こうした状況は、入学後にすぐに明白になります。つまり、暗記でスコアを取った学生は、大学の現場で深刻な困難に直面することになるのです。
IELTSは、このような事態を事前に防ぐためにも暗記を排除しているのでしょう。大学に安心してフィルターをしてもらうためには、本当の英語力を測定する必要があるのです。これがIELTSのプライドであり、暗記答案に0点をつける理由なのです。
Bloom Taxonomyから見る学習の段階
教育心理学者のBenjamin Bloomは、学習段階を6つのレベルに分類しました。これは「Bloom's Taxonomy(ブルームの分類学)」として知られており、教育現場で広く使用されています。IELTSが求めるスキルを理解するために、この分類をみてみましょう。
- Bloom's Taxonomyの6つの段階
- 1. Remember(暗記):事実や情報を覚える段階
- 2. Understand(理解):覚えた情報の意味を理解する段階
- 3. Apply(応用):理解した知識を新しい状況に当てはめる段階
- 4. Analyze(分析):情報を要素に分解し、関連性を理解する段階
- 5. Evaluate(評価):複数の立場から情報を判定し、価値判断をする段階
- 6. Create(創造):新しい考えや作品を生み出す段階
暗記学習は、このタクソノミーの最下層に位置します。つまり、学習プロセスとしては最も初期段階に過ぎないのです。
IELTSライティング・タスク2では、受験生は提示されたテーマについて自分の意見を述べ、それを根拠立てて論証することを求められます。これは単なる知識の再現ではなく、Analyze(分析)、Evaluate(評価)、Create(創造)という高度なスキルが必要です。
例えば、「テクノロジーは人間関係を改善するか、それとも悪化させるか」というテーマが出題されたとします。暗記学習に頼る受験生は、予め用意した「テクノロジーは便利だ」「しかし、人間関係を損なう」といった定型的な意見を述べるだけです。一方、本当のスキルを持つ受験生は、テクノロジーがもたらす多面的な影響を分析し、異なる視点から評価し、自分独自の議論を構築するのです。
大学の講義では、この高度なスキルが常に求められます。教授は学生に対して、暗記した知識ではなく、批判的思考力、分析能力、創造的思考を期待しているのです。IELTSが「Remember(暗記)」の段階を排除するのは、まさにこのためなのです。
日本人学習者が陥りやすい暗記学習の落とし穴
日本の受験教育は、長らく暗記を中心とした学習方法で構成されてきました。高校入試、大学受験、そして大学の試験に至るまで、多くの学習者は暗記によって成功を収めてきました。この背景があるため、日本人学習者がIELTSに向き合う際に、無意識のうちに暗記に頼ってしまうのは自然なことです。
特に危険なのが、「テンプレート」や「頻出フレーズ集」に頼る学習です。これらは確かに便利です。短期間でスコアを上げるための工夫として、一定の価値があることは否定できないでしょう。しかし、テンプレートや定型表現だけに依存することは、根本的な英語力の発展を阻害することも確かです。
もちろんテンプレートの使用そのものが悪いわけではありません。むしろ、効率的な学習戦略の一つと考えた方がいいでしょう。問題は、テンプレートに自分の考えや議論を無理矢理当てはめてしまうことです。自分が本当に考えていないことを、定型表現の中に埋め込んでしまうと、試験官はすぐにそれを見抜きます。なぜなら、真の思考過程がそこに存在しないからです。
大学講義で実際に求められるスキル
大学、特にハイレベルな大学院の講義では、学生は何を求められるのでしょうか。
まず第一に、自分自身の視点を持つことです。大学の講義では、教授は学生に異なる視点から物事を考えることを求めます。テキストに書かれていることをそのまま繰り返すのではなく、批判的に読み、自分の意見を持つことが期待されるのです。
第二に、複雑な概念を分析し、それらの関連性を理解する能力です。大学の学習は、単純な事実の積み重ねではなく、より高度な理論的枠組みの理解を要求します。異なる理論を比較検討し、それぞれの長所と短所を分析する。この過程では、テンプレートは役に立ちません。
第三に、アカデミックなライティングの自由度です。大学のエッセイやリサーチペーパーでは、確かに一定の形式があります。しかし、その形式の中では、学生は自由に自分の議論を展開させます。定型表現に頼ることはできず、各論点に応じて適切な表現を自分で選択・作成しなければならないのです。
さらに、他の学生とのディスカッションも重要です。セミナーやクラスディスカッションでは、学生は自分の理解を説明し、他者の意見に耳を傾け、その場で新しい考えに対応する必要があります。これは、予め用意された答案では対応できない、瞬時の思考力を要求するのです。
こうしたスキルは、暗記では決して身につきません。むしろ、常に問題に直面し、それを考え抜くプロセスの中でのみ発達するのです。大学の講義についていくための準備ができているかどうかを判断するために、IELTSは厳しいスタンスを貫いているのです。
思考力のトレーニングにこだわる理由
プラスワンポイントが提供するライティングサミットでは、このような「思考力のトレーニング」に大きなウェイトを置いています。単にエッセイの形式や表現を教わるだけではなく、与えられたテーマについて深く考え、複数の視点から分析することを練習します。
常に「なぜそう考えるのか」という問いを自分自身に投げかけることで、受講生は表面的な議論ではなく、本質的な思考力を養うのです。
また、他の学習者の視点を知ることも、自分がいかに限定的に考えていたかに気づくチャンスになります。この気づきの積み重ねが、真の思考力の発展につながります。
このように、ライティングサミットは単なる試験対策講座ではなく、大学・大学院での学習に必要な思考力を養うための学習の場でもあるのです。目標スコアを達成する頃には、大学の講義についていくための基礎的な思考能力が自然と身についているのです。
暗記と高度なスキルの効果的な併用
ここまでの説明で、暗記学習を完全に否定するべきだという印象を持つかもしれません。しかし、それは正確ではありません。むしろ、効果的な学習戦略は、暗記と高度なスキル開発のバランスを取ることが重要だと考えます。
暗記は、学習の基礎です。英語の語彙、文法、表現など、基本的な知識がなければ、思考することもできません。したがって、必要な基礎知識を習得するための暗記は非常に重要なのです。問題は、多くの学習者が暗記に止まってしまうことです。
暗記を「足がかり」として次のステップに進んでこそ効果的な学習が見込めます。例えば、IELTSライティングのテンプレートを学ぶ際も、そのテンプレートが「なぜこの構造なのか」「なぜこの順序なのか」という理解をセットで習得するのです。そして、実際にさまざまなテーマでエッセイを書く時に、そのテンプレートをベースにしながらも、テーマ固有の議論展開に応じて柔軟に変更していくのです。
また、学習段階によって、暗記と思考のバランスを変えることも重要です。初期段階では、基本的な表現や構造を暗記することが効率的かもしれません。しかし、ある程度の基礎ができた段階では、次第に思考力の養成にシフトしていくべきなのです。
日本人学習者の優位性は、勤勉さと暗記力です。これは素晴らしい強みです。ただし、この強みをベースに、さらに高度なスキルを上乗せしていく戦略も必要なのです。つまり、暗記で基礎を固めたら、次は思考力の養成に力を入れるということです。
実際、ハイレベルな大学に進学して成功する日本人学生の多くは、このバランスを上手に取っている傾向があります。受験時代に培った暗記力を活かしながらも、大学進学後は思考力の開発に注力するのです。IELTSもまた、この進路の中に位置しているのです。
IELTSが暗記を排除する理由は、あなたの成功を本当に願っているからなのです。短期的な合格を許すのではなく、長期的な学習成功を支援するために、この試験は厳しい態度を貫いているのでしょう。その意図を理解した時、IELTSという試験の真の価値が見えてくるのではないでしょうか。
Ask the Expert
プラスワンポイントでは、IELTS学習に関する疑問やお悩みを相談できる『無料IELTS学習相談』を実施しています。IELTSの学習方法やスコアアップのコツ、勉強計画の立て方などを、経験豊富なカウンセラーが無料でアドバイスいたします。お気軽にご相談ください。
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この記事を書いた人
Hibiki Takahashi
日本語で学ぶIELTS対策専門スクール 『PlusOnePoint(プラスワンポイント)』創設者・代表。『英語ライティングの鬼100則』(明日香出版社)著者。1997年に大阪大学医学部を卒業後、麻酔科専門医として活躍。2012年渡豪時に自身が苦労をした経験から、日本人を対象に IELTS対策のサービスを複数展開。難しい文法・語彙を駆使するのではなく、シンプルな表現とアイデアで論理性・明瞭性のあるライティングを指導している。これまでの利用者は4,500名を超え、Twitterで実施した「12週間チャレンジ」では、わずか4週間で7.0、7週間で7.5など、参加者4名全員が短期間でライティングスコア7.0以上を達成(うち2名は7.5を達成)。「IELTSライティングの鬼」の異名を持つ。オーストラリア在住14年、IELTS 8.5(ライティング 8.0)、CEFR C2。
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